大阪高等裁判所 昭和35年(ム)2号 判決 1960年10月12日
再審原告 関口寿須武
訴訟代理人 森本正雄
再審被告 森本正雄
訴訟代理人 高天弘房
主文
再審原告の訴を却下する。
再審訴訟費用は再審原告の負担とする。
事実
再審原告は、「原判決(当裁判所昭和二九年(ネ)第一〇五四号約束手形金請求控訴事件)を取り消す。再審被告の請求を棄却する。再審被告は再審原告に対し八万円及びこれに対する昭和三〇年一月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金額を支払え。訴訟費用は全部再審被告の負担とする。」との判決及び金員支払部分につき仮執行の宣言を求め、その不服の理由及び請求の原因として次のとおり述べた。
原判決(控訴人((再審原告))と被控訴人((再審被告)))との間の当裁判所昭和二九年(ネ)第一〇五四号約束手形金請求控訴事件の判決)正本は、昭和三四年一〇月九日再審原告訴訟代理人弁護士森本正雄に送達せられ、再審原告は同月二二日上告の申立をし、当裁判所より同月二七日上告受理通知書の送達を受けたが、その翌二八日から五〇日の期間内に上告理由書を提出しなかつたため同年一二月二六日上告却下の決定正本の送達を受け、即時抗告期間を徒過したため原判決は確定した。再審原告訴訟代理人は、これより先、同年一〇月頃から口腔内に腫物様の異物を生じ、続いて下歯に激痛が加わつたが、次の(1) 、(2) のような判決に影響を及ぼすべき法令違背があるものと考えて、とりあえず前示のように上告の申立をし、上告理由書は、後日さらに研究したうえで提出する予定であつた。
(1) ミリオンタクシー株式会社(従前の商号三弘タクシー株式会社を双葉交通株式会社、ミリオンタクシー株式会社と順次変更した。)は、塚口音松との間の相互の債権債務を差引計算し、その残額債務を右会社より塚口に支払うべき旨約し、そのため受取人欄の白地は塚口の方で塚口の名義を記入して補充することを塚口に委任して右会社が昭和二七年八月二八日金額二〇万円満期同年一〇月二八日等と記載した約束手形一通を塚口に振出交付したが、その際再審原告は右会社の記名押印の左側に自己の署名押印をし、その後右約束手形は数回書き替えられた結果、右会社は昭和二八年二月二八日金額二〇万円満期同年四月二八日等と記載した受取人欄白地の約束手形一通(以下本件約束手形という。)を塚口に振出交付し、その際再審原告は、右会社の記名押印の左側に署名押印をした。ところが、再審被告は、塚口より本件約束手形を受け取つたうえ、右会社と塚口との間の右白地補充に関する合意に反して、自己の名義を受取人欄に記入したものであつて、その補充は無効であり、たとえ再審被告が善意であつたとしても、手形法一〇条は白地補充後の善意の手形取得者を保護する規定であるから、みずからその白地を補充した再審被告に対しては、その補充が合意に違反する旨を再審原告は主張し得るものである。
(2) 原判決は、再審原告が右会社の記名押印の左側に署名押印したことをもつて本件約束手形の共同振出人となつたものと判断しているけれども、その判断は手形法七七条三項三一条三項に違背するものであつて、再審原告は手形保証をしたものである。
ところが、再審原告訴訟代理人森本弁護士は、前示のように病気であつたため、上告理由書提出期限の到来を失念し、上告理由書をその期間内に提出しなかつた。森本弁護士は、前示疾患の治癒した昭和三五年一月一五日以後に調査研究の結果、原判決に次の(一)から(三)までの再審事由があることを知つたものである。
(一)原判決は、本件約束手形の受取人欄白地の補充権は、塚口から本件約束手形を取得した再審被告にあるものと判断した。しかし、本件約束手形は、右会社と塚口との間で数回書き替えられた最後の約束手形であるところ、当初昭和二七年八月二八日右会社が塚口に対し金額二〇万円満期同年一〇月二八日の約束手形一通を振り出した際、右会社は当時塚口に対しタクシー名義貸料債権を有しており、塚口との間に右会社は右債権と右会社の塚口に対する貸金債務二〇万円とを差し引くべき旨約定(乙第一号証)していた。当時、右名義貸料金額を算定するべき資料がなかつたため、右会社は後日その差引計算をするべく、右約束手形の満期日までにその差引計算ができなかつたときは、その貸金債務の残額が明白とならないので、これを書き替えて右手形債務の支払を延期する旨約した。それゆえ、右会社と塚口とが、右差引計算をするため、塚口は右手形を第三者に譲渡することはできないものであり、したがつて書替後の本件約束手形についても、受取人欄白地の補充は、塚口だけが自己の名義ですることができる約旨であつた。再審被告は、塚口より本件約束手形を取得した後、右合意に反して右受取人欄に自己の名義を記入し、勝手に白地を補充したものであることを再審原告は主張していたのであるから、右会社が塚口との間に前記タクシー名義貸料債権と貸金債務二〇万円とを差引計算するべき旨の前記約定((乙第一号証))と白地補充に関する合意との関係について、原判決は判断をするべきであるにもかかわらず、その判断を遺脱している。
(二)再審原告は、前記のように、本件約束手形の表面の振出人である右会社の記名押印の左側に自己の署名押印(当時、再審原告は右会社の代表取締役であつた。)をしているのであつて、原判決はこれをもつて再審原告が右会社と共同して本件約束手形を振り出したものと判断しており、再審原告は、手形法七七条三項三一条三項の規定に基き、手形保証をしたものであると主張していたものであるから、原判決は、手形文面の記載のみでなく、右会社の前示貸金債務の支払方法として本件約束手形が振り出された事情をも参酌して、再審原告の手形保証の主張について判断をすべきであるにもかかわらず、その判断を遺脱している。
(三)再審被告は、右会社との間に、本件約束手形債権二〇万円について、和解契約を締結したうえ昭和三〇年七月一三日右会社より示談金七万円を受領し、その残額債権一三万円を放棄したものである。そこで、再審原告は、その手形保証債務も消滅したものである旨主張したのであるが、原判決は、再審原告の手形債務は、右会社の手形債務と独立しているものであつて、後者の放棄は前者になんらの影響を及ぼすものではないと判断した。しかしながら、再審原告と右会社との本件約束手形上の各債務は、連帯債務(商法五〇一条四号、五一一条、手形法四七条一項)であつて、民法四三七条の規定に基いて、右会社の本件約束手形上の債務の免除は、再審原告の負担部分に当然影響を及ぼすものであるから、原判決は、右負担部分や同法四三七条の適用の有無について判断すべきであるにもかかわらず、その判断を遺脱している。
再審被告は、仮執行宣言付第一審判決に基いて、昭和二九年一一月五日再審原告の有する大阪市住吉局第二三七四番電話加入権の差押をし、昭和三〇年一月一七日その換価処分をしたが、原判決は取り消されるべきものであつて、その時価八万円相当の損害を再審原告に与えた。そこで、再審原告は民訴法四二三条一九八条の規定に基き、その損害の賠償として、再審被告に対し八万円及びこれに対する右換価処分の日の同月一七日から支払ずみまで民事法定利率年五分相当の遅延損害金の支払を求める。
証拠として、再審原告は、甲第一号証を提出した。
再審被告は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。
再審被告は、再審原告の主張事実のうち、再審原告訴訟代理人森本正雄弁護士が昭和三四年一〇月二二日上告の申立をしたこと、原判決が確定したことはこれを認めるが、森本弁護士が同年一〇月頃から昭和三五年一月一五日までの間口腔内の疾患のため、上告理由書提出期限を失念していたことは知らない。本件再審の申立は、次に述べる理由により不適法である。すなわち、再審の訴は、上訴によつて再審事由にあたるべき理由を主張した場合またはこれを知つて主張しなかつた場合は、許されないものであつて(民訴法四二〇条一項ただし書)、これを知つて、あるいは注意すればこれを知ることができたにもかかわらず、上訴によつて主張しなかつた場合も同様である。ところで、再審原告が本訴において再審事由として主張している原判決の判断の遺脱は、上告理由にあたるもの(同法三九四条、三九五条一項六号)であつて、森本弁護士は、おそくとも昭和三四年一〇月二二日上告申立の際、これを知つていたにもかかわらず、その旨記載した上告理由書をその提出期間内に提出しなかつたのである。仮りに森本弁護士がその主張の頃病気であつたとしても、右弁護士は再審原告より上告申立の訴訟委任を受けた際、再審原告に対し良心的に助言、説得したはずであるから、上告理由を解明しないまま上告の申立をするようなことは考えられない。森本弁護士が右病気回復後始めて上告理由を知つたとは思われない。森本弁護士が病気のため訴訟を遂行できなかつたとしたならば、復委任をしたはずであり、また再審原告自身適当な方法を講じたはずである。したがつて、本件再審の訴は不適法である。
仮にそうでないとしても、本件約束手形の受取人欄は白地であつたが、その白地補充権は、本件約束手形を取得した再審被告に与えられていたものであり、再審原告主張のような前示会社が塚口との間に前示タクシー名義貸料債権と資金債務二〇万円とを差引計算すべき旨の約定(乙第一号証)をしたことを再審被告は、本件約束手形取得当時、知らなかつたから、再審原告は白地補充に関する合意違反をもつて再審被告に対抗し得ない旨原判決は判断しており、判断遺脱はない。原判決は、本件約束手形の表面の再審原告の署名押印は、共同振出人としてのそれであることを再審原告が自白したものと認め、したがつて右署名押印は手形保証のそれである旨の再審原告の主張を排斥しているのであるから、判断の遺脱はない。原判決は、前示会社と再審被告との間の和解契約は、共同振出人である再審原告の本件約束手形上の債務に影響を及ぼさない旨判断しているのであるから、判断の遺脱はない。したがつて、原判決に再審事由はない。
仮に再審事由があるとしても、次に述べるように原判決は正当であるから、本件再審の訴は却下されるべきである。すなわち、本件約束手形は、受取人欄空白の白地手形であつて、不完全手形ではない。前示会社と塚口との間の、前示タクシー名義貸料と貸金債務二〇万円とを差引計算すべき旨の契約をもつて、受取人を塚口に限定したり、裏書を禁止する旨の約旨があるものと解することはできないばかりでなく、このような約旨があつたとしてもそれは手形法七七条一一条二項の規定により無効のものである。再審被告は、塚口より本件約束手形の交付による譲渡を受けたものであり、受取人欄白地の補充権を同時に取得したものである。再審原告は、第一審において、前示会社と共同して本件約束手形を振り出した旨自白したものであり、自白の撤回は許されないし、再審原告の署名押印はその振出人欄にされているから、再審原告はその振出人としての責任を免れない。
再審被告は、仮執行宣言付第一審判決に基いて再審被告の有する電話加入権を差押換価したものであるが、その価格は四万七〇〇〇円である。
証拠として、再審被告は、甲第一号証の成立を認め、同号証中「通院」とあるのを利益に援用した。
理由
再審の訴は、当事者が上訴によつて主張した事由、またはこれを知つて主張しなかつた事由に基いては、これを提起することができないことは、民訴法四二〇条一項ただし書によつて明らかであるところ、その後の場合、すなわち当事者が再審事由を知りながら上訴によつてこれを主張しなかつたときのうちには、当事者が上告の申立をしたが、上告理由書提出期間を徒過して上告を却下された場合をも包含するものと解するのが相当である。けだし、再審は確定判決に対して例外的に不服申立が許される場合であるから、通常の上訴の方法によつては判断を得られなかつた事由に基いてのみ、再審の訴をもつて不服を申し立てることを得べく、したがつて当事者が上告理由書提出の期間を徒過したため、その事由を主張しなかつた場合は、みずからその権利の行使を怠つたものであつて、当初から上告の申立をしなかつた場合となんら区別すべきものではないというべきであるし、同条一項ただし書後段の「主張セサリシトキ」は、上訴が却下されたため「主張セサリシトキ」を除外するものと解するを得ないからである。これを本件について考えてみるに、再審原告訴訟代理人森本弁護士が第二審の訴訟代理人として昭和三四年一〇月九日原判決正本の送達を受け、同月二二日右弁護士が再審原告訴訟代理人として上告の申立をし、同月二七日当裁判所より上告状受理通知の送達を受けたところ、五〇日の上告理由書提出期間を徒過し上告理由書を提出しなかつたため、上告を却下され、即時抗告の申立をしなかつたことは、再審原告の自認するところである。森本弁護士は、同年一〇月九日原判決正本を受領した後同月二二日上告の申立をするにあたつて、またその後上告理由書提出期間満了の日の同年一二月一六日までの間に、原判決を十分理解検討したものと推認すべく(森本弁護士が原判決を十分理解検討したことは、森本弁護士が上告の申立をする際、前示(1) 、(2) の上告理由があるものと考えた旨の再審原告の主張自体によつても推認される。)、仮に原判決に再審原告主張のような判断の遺脱があつたとしても、森本弁護士は、第二審の訴訟代理人として、特別の事情のないかぎり、その当時当然これを知つたものと認めるのが相当である。再審原告は、森本弁護士は同年一〇月頃から口腔内に腫物様の異物を生じ、続いて下歯に激痛が加わつたため上告理由書提出期間を失念し、かつ昭和三五年一月一五日まで原判決に再審事由のあることを知ることができなかつたと主張するけれども、成立に争のない甲第一号証によると、森本弁護士は昭和三四年一〇月二〇日から昭和三五年一月一五日までの間下顎左側口腔底蜂窩繊炎の手術治療のため大阪市内の田中歯科医院及び大阪歯科大学附属病院に通院していることが認められ、したがつて、右弁護士は原判決正本を受領した日の昭和三四年一〇月九日から同月一九日までは発病しておらず、また右弁護士は、前示疾患にかかつていたとはいえ、通院することができたのであるから、上告の申立をした同月二二日から上告理由書提出期間満了の日の同年一二月一六日までの間に、再審原告主張のような再審事由を知ることができなかつたものということはできない。再審原告の右主張は採用することができない。
そうすると、再審原告訴訟代理人は原判決に再審原告が再審事由として主張する事由のあることを知りながら上訴によつてこれを主張しなかつたものであるから、本件再審の訴は、不適法であつて、却下を免れないものというべく、民訴法四二〇条四二三条八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 熊野啓五郎 裁判官 岡野幸之助 裁判官 山内敏彦)